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日本を代表する民謡「佐渡おけさ」どこまでご存知ですか?

佐渡といったらおけさを思い、おけさと言えば佐渡が偲ばれる…そう佐渡は”おけさ”の島なのです!日本を代表する民謡「佐渡おけさ」通して佐渡を知ってみませんか?

このまとめ記事の目次

佐渡おけさは、金山の町「相川おけさ」が由来

お奉行様の前で踊っていた踊りが”御前踊(ごぜんおどり)”と呼ばれるもの。下々の人々は無礼にならないように笠で顏を隠して踊ったと言います。

”御前踊り”は、鉱山の町相川で何百年も謡い継がれている「相川音頭」のことで、元はただ「音頭」と呼ばれていたそうです。
出典:www.youtube.com

相川音頭(村田文蔵)

http://www.niks.or.jp/~ja0jac/ 昭和33年(1958年)02月 コロムビア 新潟県民謡 唄唱:村田文蔵 三味線:松枝・駒若 小鼓:丸岡藤作 A2953(275693)

越後が本家といわれるおけさ節の朝から晩まで聞ける相川は、毎年七月十三、十四、十五と三日続けての鉱山まつりに、全島のお祭好きを呼び集めます。本来鉱山祭りは「やわらぎ」「金山節」「金堀節」あるいは「寳莱節(ほうさいぶし)」を歌う例になっており、此外にほんとうの盆に、奉行所の前で、武家も町人も大人も子供も、それぞれ割合てられた時刻に、輪を作って「御前踊」「相川音頭」あるいは「御前音頭」と言う節に合せて踊った、この二つだけだったそうです。

出典:www.aozora.gr.jp

著書「相川おけさ」より抜粋、現代仮名遣いに修正:これを書いた江南文三(えなみぶんぞう)は、石川啄木(たくぼく)のあとをうけて「スバル」の発行・編集人となり同誌の全盛期を作った人です。

北前船が持ち込んだ九州のハイヤ節・ハンヤ節との融合

北前船の航路だった佐渡の表玄関、小木(おぎ)港に、船乗りたちの酒席の騒ぎ唄として伝わり、佐渡おけさの原曲となったと言われています。

佐渡島内の村々には、それぞれの地域に”おけさ”ではなく、ハンヤ節として伝わっていきました。(ハイヤではなく、佐渡では「ハンヤ」で残ります)
出典:www.youtube.com

はいや節

曲調子は早いですが、相川に残る「選鉱場おけさ」や「おけさぞめき」に名残を感じます。
ハイヤ節方が踊り躍動的、佐渡おけさは”風流”を感じます。

天領の地”相川” 鉱山の町と佐渡おけさ

天領とは、江戸幕府が直接支配した地。

船乗りによって謡い伝えられたハイヤ節・ハンヤ節は金に群がる鉱山の町、相川に持ち込まれ「選鉱場」や「相川」で謡われるようになり「おけさ節」として定着していきます。

”3つの佐渡おけさ”鉱山で謡われた「選鉱場おけさ(選鉱節)」

出典:www.youtube.com

俚謠 撰鑛場おけさ(佐渡金山)

俚謠(りよう) 撰鑛場(せんこうば)おけさ (佐渡金山) 曾我眞一 三絃 野口鶴洋 笛 木島紅榮 ------------------------------------ 『資料日本民謡集』の解説冊...

曲調が少し、普段聞きなれた佐渡おけさと違うことにお気づきになりましたか?
※俚謠(りよう)…地方で歌われる唄のこと、里歌、民謡。

”3つの佐渡おけさ”「おけさぞめき」 ぞめきって?

「おけさぞめき」の”ぞめき”とは、浮かれさわぐという意味があり、踊り、謡う意味合いを表しています。

海辺のただの寒村が、金山発見によって一気に人口5万とも10万とも言われた賑わいは、すさまじいものだったに違いありません。
出典:www.youtube.com

おけさぞめき 村田文蔵・菊池歌楽・松本丈一2

地元では、「正調おけさ」から、少しスピードを上げて「おけさぞめき」、更にアップテンポで「選鉱場おけさ」と変化させて謡われています。

”3つの佐渡おけさ” 正調 佐渡おけさ

出典:www.youtube.com

佐渡おけさ(村田文蔵) - YouTube

http://www.niks.or.jp/~ja0jac/ 昭和33年(1958年)02月 コロムビア 新潟県民謡 唄唱:村田文蔵 三味線:松下くめ子 琴:松月大丸 笛:關野卯太郎 A2953(133237)

”正調 佐渡おけさ”と言われる原曲です。こぶしの回し方、曲の速さ、これが本場の「佐渡おけさ」なのです。文蔵の声は、部屋のふすまがびりびりと震えるほどの声量だったそうです。

「佐渡おけさ」として確立させた「立浪会(たつなみかい)」

踊っている場所は、鉱山の町相川が一望できる「春日崎(かすがざき)」です。
 ”霞む相川夕日に染めて 波の綾織る 春日崎”と「佐渡おけさ」に謡われております。

後ろで伴奏して謡っているのが「立浪会」(たつなみかい)です。

”ドッと笑うて「たつ波風」の 荒き折節義経公は 如何しつらん弓取り落とし しかも引き潮矢よりも速く”源平軍談は、義経弓流しの一節の「たつ波風」から名づけたのが「立浪会」の名前の由来です。

出典:www.geocities.jp
出典:www.youtube.com

佐渡おけさ@春日崎by立浪会

正調、ぞめき、選考場おけさと変わっていく3つの「佐渡おけさ」をお楽しみください♪

村田文蔵 「佐渡おけさ」の歴史に残る歌い手

photo by/筆者

村田文蔵 生家 鉱山の町、相川の海辺にある生家です。

photo by/筆者

photo by/筆者

photo by/筆者

大正13年(1924)相川町立浪会の会長で、歌い手でもあった曽我真一や鉱山で働く美声の唄い手、村田文蔵が中心となり全国に広まりました。

レコードに吹き込む際に単に”おけさ”、”音頭”では区別がつかないので、「佐渡おけさ」「相川音頭」として定着させていきました。

名人と言われ佐渡おけさの普及に努めた村田文蔵

村田文蔵は、日本だけでなく台湾や南樺太、満州、朝鮮などでも遠征し、「佐渡おけさ」の普及に勤めました。佐渡汽船のカーフェリーには、ロビー付近に「佐渡おけさ」についての逸話がレコード盤と共に掲示されています。

佐渡に伝わる「おけさ民話」伝説

昔、佐渡の南端小木の港に、大変正直者の夫婦がそば屋を出しておりました。しかし、あまりにも人が良すぎたため、だんだん貧しくなってしまいました。

そこで飼っていた猫が主人へのご恩返しはこの時と、大変美しい娘に化け、その名を”おけさ”と名乗り、歌い、踊るとその姿と歌声が大変な評判となり、お客はどんどんと増えて商売が持ち直し、繁盛したと申します。

”おけさ正直なら そばへも寝しょが おけさ猫の性でじゃれたがる”は、これを歌ったものだと申します。

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キュレーター紹介このまとめ記事を書いた人

Kemuyuぷち旅行好きで☆お菓子好き♪
チョットした歴女?!かもしれません。
違った視点で、旅行を楽しむポイントご紹介できたらうれしいですっ

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