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アディスアベバの人気スポット「民俗学博物館」ユニークな文化と歴史にふれる!

エチオピアの首都アディスアベバにある「民俗学博物館」は、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世によって1950年(昭和25年)に設立されたアディスアベバ大学( Addis Ababa University)の敷地内にある歴史ミュージアムです。皇帝ハイレ・セラシエが住んでいた宮殿を利用して一般に公開しているもので、実際に使用されていた家具や日用品など、ユニークな歴史と文化をもつエチオピアの歴史をさまざまな資料を交えて紹介しています。施設の外にある階段のモニュメントも見逃せない「民俗学博物館」をご紹介します。

このまとめ記事の目次

アディスアベバ大学「民俗学博物館」とは?

エチオピアの首都アディスアベバにある「民俗学博物館(Ethnological Museum,Addis Ababa)」は、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世が1950年(昭和25年)に設立したアディスアベバ大学( Addis Ababa University)の敷地内にあるエチオピア研究所の博物館です。

民俗学博物館の建物はもともとエチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエが1953年(昭和28年)まで住んでいた旧宮殿で、図書館や大学運営事務所も併設しています。
エチオピアは1880年代にヨーロッパの帝国主義列強による支配権争奪でアフリカが分割された時代にも、リベリアと並んで植民地化されることなく独立を守った国ですが、第二次エチオピア戦争で一度は勝利したイタリア王国に敗れ、アディスアベバがイタリア領東アフリカ帝国の首都になるなど、歴史も文化もユニークです。

イタリア統治時代の名残を残す階段

Photo by amanderson2
民俗学博物館の前庭にある17段の螺旋階段のモニュメントは、1941年まで続いたイタリア占領中に建設された施設の遺構です。エチオピア人はこれをファシズム支配の記念碑として残し、最上段にユダ族のシンボルであるのライオン像を置きました。

エチオピアには、イスラエル王国のソロモン王とシバの女王の子メネリク1世(Menelik I)を建国の祖とする伝承があり、ソロモン(ユダ族)の末裔として国旗にも五芒星を用いています。
入り口で入場料を払ってライオンのはく製を通り過ぎると、エチオピアのさまざまな部族に関する展示です。ここでは各部族や民族の生活の様子や儀式、子供が遊んだおもちゃなどが展示されています。100バールの入場料は周辺スポットの相場としてはやや高い気もしますが、展示物はけっこう見応えがあります。

ハイレ・セラシエ皇帝の遺品

幼少時から聡明でカリスマ性があったというハイレ・セラシエは、第一次エチオピア戦争でイタリア王国に勝利したメネリク2世(Menelik II)の従兄弟にあたり、紀元前10世紀のメネリク1世からハイレ・セラシエ1世まで続いたエチオピア帝国は、3000年間存続した世界最古の王朝といわれます。

民俗学博物館では、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ(Haile Selassie I)が使用していた当時のシャワールームや寝台が公開されています。
皇帝が身に着けていた制服や各国から贈られた記念品、美しく装飾された楽器なども展示されています。ちなみに、アディスアベバという地名はメネリク2世が皇后タイトゥのために作らせたエチオピア高原の避暑地を「アディスアベバ(新しい花)」と名付けたことに由来しているのだそうです。

エチオピアのキリスト教

Photo by amanderson2
民俗学博物館の2階では、第一次エチオピア戦争にまつわる歴史的絵画を中心に、宗教画や数百年前の十字架などが見られます。エチオピアは、第一次エチオピア戦争を勝利に導いた1896年(明治29年)のアドゥアの戦いを大変誇りに思っています。

アフリカの他の国と同じく武器の後進国だとタカをくくっていたイタリア王国ですが、エチオピアの背後にはフランスがいました。絵画には当時の様子が少しコミカルなタッチで描かれています。
エチオピアにエジプトで発展したキリスト教「コプト教」が伝来したのは古く西暦325年頃で、ソロモン王の血を引くとされるアクスム王国の時代です。このころのエチオピアはすでにインドやローマとの間で象牙や金などを輸出する貿易国として栄えていました。宗教画にありがちな重苦しさが伝わって来ないのがいいですね。

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