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キリストゆかりの穴場スポット「主の祈りの教会」オリーブ山の見どころ

主の祈りの教会(Church of the Pater Noster)は、イスラエル東部の古都エルサレムのオリーブ山に建つ歴史的建築物で、ローマ帝国時代に建築された教会がもとになっています。オリーブ山で祈ることが多かったキリストが、わたし達にも祈り方を教えてくださいと頼む弟子に伝承したとの言い伝えが残ることから「われらの父の教会(Church of the Pater Noster)」と名付けられ、「主の祈りの教会」と呼ばれるようになりました。敷地内には、世界中の言葉で刻まれた祈りの言葉が所狭しと並んでいます。

このまとめ記事の目次

主の祈りの教会とは

Photo by neilward
イスラエル東部の都市エルサレムの東にそびえる海抜800メートルのオリーブ山は、イエス・キリストが弟子たちに説教をしたことで有名な場所です。エルサレムの街を一望のもとに見渡せるだけでなく、ユダヤ人墓地や、ローマ皇帝コンスタンティヌ1世が4世紀に創設した「昇天教会(Chapel of the Ascension)」など、聖書にゆかりのスポットが多いエリアで、「主の祈りの教会(Church of the Pater Noster)」もそのひとつです。
主の祈りの教会(ペイター・ノイスターの教会)は、十字架の死からよみがえったキリストが天に昇ったとされる場所に建つ“昇天教会”から、やや降ったところにあります。「ペイター・ノスター(Pater Noster)」は、「われらの父(our father)」を意味するラテン語で、イエスが弟子たちに教えた「主の祈り」に関係しています。

「主の祈り」とは

「主の祈り」は、「天にましますわれらの父よ(プロテスタント訳)」で始まるキリスト教の主祷文(しゅとうぶん)で、誰しも一度は耳にしたことがある有名な祈りです。いつもオリーブ山で祈るキリストに、「我々にも祈り方を教えてください」と弟子が頼んだのに対し、「このように祈りなさい」と教えてくれた、と伝えられています。
今も多くの教会で宗派を超えて唱えられている「主の祈り」は、新約聖書の「ルカによる福音書(11章1節~3節)」や、「マタイによる福音書(6章9節~13節)」の中に、その場面が記述されています。イエス・キリストを実在の人物と信じる人たちが存在する一方で、寓話の登場人物とする研究者もいますが、少なくともこの時代に“天の国”という精神世界に目覚めた人物がいた事だけは間違いなさそうです。

世界中の「主の祈り」

主の祈りの教会は、ローマ統一の手段としてキリスト教を国教と定めたことで知られる皇帝コンスタンチヌス1世の母セント・ヘレナによって4世紀に建設されました。イエス自身はユダヤ教徒でしたが、のちの弟子たちによって解釈が分かれました。こうして、ユダヤ教の厳しい戒律や通過儀礼から逃れ、信じるだけで救われる新宗教“キリスト教”が生まれました。
外国人にも大人気だったキリスト教を利用し、信者を取り込もうとしたのがコンスタンチヌス帝です。現在見られる主の祈りの教会の建物は19世紀に再建されたものですが、洞窟の中には当時の教会の遺構も残っています。中庭にあるヨーロピアンスタイルの回廊には、ラテン語や古代ギリシャ語をはじめ、英語や中国語など世界100か国以上の言語で綴られた「主の祈り」が飾られています。もちろん日本語のものもあります。

主の祈りの礼拝堂でアーメン!

日本語による「主の祈り」のプレートは、小さな礼拝堂の祭壇近く、向かって左手にあります。ちなみに、「主の祈り」の最後はご存知の「アーメン」で終わりますが、これは“全き同意”を意味するヘブライ語に由来する言葉です。古代ユダヤ教会では、教師が聖句を読み上げたあと、会衆がリピートする方法で聖書教育が行われていましたが、やがて復唱が「アーメン」で省略されるようになりました。
そうしたユダヤ教の風習はキリスト教にも受け継がれました。祈りの最後を締めくくる言葉として、今でもキリスト教徒の間で用いられています。また、キリスト自身は新約聖書の中で、自分の言葉を強調するときに使っています。日本語で「まことに汝らに告ぐ」とか「はっきり言っておく」と訳されているのがその部分です。

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